若者が考える終活とは

02.死は遠くにあるのか

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死はどこにあるのか

「死はどこにあるのか?」真剣に考えたことなどなかった。

三途の川を見たこともない。

私は26歳になるまで仏様(亡くなった人)を見たことが無かった。それ故、死を特に意識したことも無かった。

人は死ぬ。でもそれは遠い、遠い、未来の話だと思っていた。

嫁いだ友人と墓の話

私の周りには嫁いだ友人がいた。子供を産んで幸せな生活を送っている。その友人の口から墓の話が出るとは思いもしなかった。

嫁いだ友人はどこの墓に入るか少し迷っていた。

通常は嫁いだのだから夫側の墓に入るのだろう。ところが友人は若くして自分が死んだ場合、夫側の墓に入るのには抵抗があると言う。

自分が老衰で死んだ場合、夫側の墓には夫がいる。それなら居心地は悪くない。
しかし、若くして自分が死んだ場合は夫側の墓に知り合いがいないため孤独なのだ。だからと言って自分の実家の墓に入るのもおかしいし…かつ、子供の近くにいてあげたいし…。

この葛藤を聞いた時、私は目から鱗だった。家庭を持つと自分が死んだときの心配をするのかと!

自分の葬式を自分で考えてみる

言われてみれば、死はどこにでも転がっている。

どんなに注意して生活していても、出掛けた先で交通事故で死ぬかもしれないし、就寝中に地震が来てしぬかもしれない。不慮の事故とはそこらじゅうに転がっているのだ。

親戚の葬式に出たあとに嫁いだ友人の話を急に思い出し、終活について、自分の葬儀について真剣に考えてみようと思い立った。

誰を呼ぶ?音楽は?天国に持っていくものは?遺影は?好きな花は?葬式で望むことは?

考えることは沢山ある。まずは考えられることから考えていこうと思う。

 

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